地酒と家庭料理、そして女将に会いに東門通りへ
【酒舟 天 / ささぶね てん】神戸市中央区
初めて「酒舟 天」に行った時、カウンターのとなりに座っていた常連さんが、「人に教えたくない、自分だけの隠れ家」と言っていた。白い割烹着姿の女将さんが、笑顔で楽しそうに料理をし、お酒をすすめてくれる様子に、なるほどと思った。でも紹介してしまおう、私の何度も行く店として。
日が暮れても汗がじんわりにじむ蒸し暑い日。カウンター席に座ると、「暑かったでしょう。ちょっとひと息ついて」と大きめの盃で冷製コーンスープが出された。食前酒の代わりにスープとは粋なはからいだ。冷たい喉ごし、さっぱりとしたやさしい味が、体に染み渡る。出汁はなんだろう、和風っぽい。わざと食感を残して口の中で嚙むように計算されてるのかな、そんな想像が膨らむのは、いつもさりげなく工夫がなされた料理が出てくるから。「普通の家庭料理です」と女将はさらりと言うけれど、腕前は確かで、家族のために心を込めて作るのが家庭料理の定義なら、まさにそれ以上。
お通しは、煮物や酢の物など、酒の肴の3品盛り。お一人様用肴の盛り合わせは、7種類の肴がのって栄養バランス抜群、ボリュームもなかなかのものだ。凝り性の女将だから、一つ一つが丁寧に作られている。
暑い季節でもここに来ると「とりあえずビール」ではなく、「冷えたお酒を」となる。とにかく日本酒の種類が豊富なのだ。珍しい銘柄があると、ひと口呑みたくなるのが酒飲みの常。半合から注文できるのが、なおいい。するととなりの男性が、「半々合で」と言った。え、そんな少量から飲めるんだ。「いろんな種類を少しずつ飲みたい」という客の気持ちがわかる女将もかなりの日本酒好き。創業80年の酒屋の三代目であるご主人と共に、造り酒屋に足を運んで美味しいもの、めずらしいものを仕入れてくる。
めずらしい酒から飲んでみようと、まず選んだのは「七水 純米55」。栃木県宇都宮市の地酒だ。雄町を55%まで磨いたその味は、軽すぎず、重すぎず、きれいな米の旨味を含んでいる。続いて同じ蔵元の「菊 KIKU」を注文する。雄町を山廃仕込で醸したキリッと締まった味。「好きでしょう、この味」と、女将の目が語っている。思わず笑顔を返しながらうなずいた。ほんと、好みの味だった。
一人で行く時は、多くは座れないカウンターとさりげなく気配りをしてくれる女将がいる店は本当にありがたい。6人が座れるだけのカウンターとテーブル席が一つの店内は、ジャズが静かに流れて、付かず離れず女将と会話ができる。私はいつも女同士の他愛ない会話だけれど、向こうに座っていた若いビジネスマンは、酔いに任せて仕事の悩みを話し始めた。女将は料理をしながら「ふんふん」と相槌を打つ。ひとしきり話した彼が、グラスを置いて席を立とうとすると、「ご飯は? キーマカレーでも食べたら?」と女将。そう、気分が落ち込んだ時はちゃんと食べたほうがいい。母親に促されたかのように、彼はまた席についた。
女将と客の会話を聞きながら、ほろ酔い気分が心地よい。実はこの店、半々合も半合も、厳密には少し分量が多目なのだ。うれしいのだけれど、飲み過ぎに注意しなくては。
◆ MENU
生ビール 520円
日本酒半合420円~
つきだし(3点盛り)700円
お一人様用肴の盛り合わせ 1,080円~
※毎月10日は「天の日」。飲み放題(二部制・90分3,500円・要予約)
◆ Data
電話:078-335-8868
住所:神戸市中央区中山手通1-5-9 港都会館3F
営業:17:00~23:00(日曜15:00~)
休み:月曜
◆ Writing / 松田きこ
(株)ウエストプラン代表。兵庫県西宮市在住。食・観光・人物取材に日本中を飛び回る。ライター歴20年以上。編著書「神戸・阪神間 美味しい酒場」「くるり西宮・芦屋・東灘・灘」「くるり丹波・篠山」他
http://www.west-plan.com/
◆ Photographer / 草田康博